スポンサードリンク

グッチGUCCIその偉大なブランドの歴史Top >  グッチの歴史 >  1980年代、Gucciファミリーの骨肉の争い

1980年代、Gucciファミリーの骨肉の争い

1980年にGucciは一部株式公開をしたんや。
アルド、ヴァスコ、ウゴ、ルドルフォに経営されていたGucciやが
アルドの息子パウロは父親に反抗し、アメリカ市場中心に低価格ラインの
「PGコレクション」、続いて「パウロ・グッチ」を展開してん。

パウロはファミリーから追放され、このことを恨みに思い
1982年、米国CBSテレビのドキュメント番組「60ミニッツ」で
「取締役会において暴力による制裁を受けた」と発言しはったんや。
パウロは父親アルドを脱税の罪で告訴、逮捕に追い込みはった。

パウロは一族の中で後継者と目されていたルドルフォの息子、マウリッツィオに
自らの持ち株を提供しはった。当時の持ち株は50%。

対して、アルド・グッチとその息子たちは残りの50%を
バーレーンに拠点を置くアラブ系投資グループのインベストコープ社に売却。

内紛の末、マウリッツィオは3代目の後継者となり、グッチ再建を目指したもんの
妻の命を受けたマフィアによって暗殺されたとかされんとか。
まあことの真相は本人達しか知らんことや。

関連エントリー

グッチGUCCIその偉大なブランドの歴史Top >  グッチの歴史 >  1980年代、Gucciファミリーの骨肉の争い